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Posted by ごんはは
 
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息子のがんばり
数年おきに引っ越しを経験してきた、我が家の歴史に翻弄され、
一番大変な思い・辛い思いをしてきたのは、やはり息子かな?と
最近よく思います。

5才で日本を離れたとき、まだお別れの意味をきちんとは理解して
いなかった息子でしたが、それでも保育園の先生やお友達と別れる
ことは嫌だと、情緒不安定に。その後、現地の幼稚園にすんなりと
馴染んだ妹とは対照的に、1年間最後まで、中国語嫌い、幼稚園に
行かないと泣き続けました。

本人の強い希望で入った、日本人学校での生活は、彼にとって
とても快適で楽しいものでした。先生やお友達にも恵まれ、
自分なりの居場所をしっかり確保し、親友と呼べる友達もできて、
ようやく馴染んだ中国生活。広州を第二の故郷と言えるまでになり、
充実した日々も5年目、となった今年、帰国が決まり・・・今度は、
日本に帰りたくないと泣きました。

それでも気を取り直し、中国であれだけ頑張れたのだから、きっと
新しい環境でも大丈夫、と親子共に信じて挑んだ新生活でしたが、

日本での1学期・・・・・学校に馴染めない、友達ができない、
意地悪される、先生と合わない・・・いろいろあって、登校拒否
一歩寸前、ギリギリのところを必死でもがき、過ごしてきました。
今思うと、息子にとってはまだ中国の思い出が色濃くて、何を見、
何をしても、あちらの方が良いと思えて当然だったかもしれません。
でも、毎朝、家から見える通学路を1人、ぽつんと歩いている姿や、
泣きながら、もう学校には行きたくない、と訴える息子の涙に、
大変な局面を迎えてしまった、と、わたしまでパニック寸前に。

何度も学校と話し合いをし、スクールカウンセラーとも相談し、
一方でどこか編入できる学校はないか、と探してまわりました。
どれもなかなかうまくいかなくて、2学期からは本気で登校拒否も
覚悟してました。どんな方法を使っても、彼がつぶれてしまわない
ように支えるのが自分の使命だ、と静かな闘志?を燃やしながら
過ごしていた夏休み。できるだけ、学校とは関係のないところで
リフレッシュさせようと、広州に遊びに行ったり、サッカー合宿、
北海道ホームステイなど、楽しいイベントを随所にちりばめました。
それでも、休みが終わりに近づくにつれ、少しずつ顔色が悪く
なってくる息子に、どうしたものか・・・・・でも、わたしの中では、
いつでもこう言ってやる準備はできていたんです。

「少し、ゆっくりしようか。がんばりすぎなくていいよ」

って。

ところが、予想に反して、2学期が始まってからは一度も、弱音を
吐かなくなった息子。さりげなく聞くと、状況としては1学期と
それほど変化があったわけではなく、相変わらずつまらないことで
からかってくる同級生や、仲間外れ、暴言に近い発言もあるそう。
でも、夏休みに再会した広州の友人たちが、みんな多かれ少なかれ
環境の変化によるストレスを抱えていたことを知り、自分だけでは
ない、と思えたこと、また、彼自身、なんでも正面から受け止める
のではなく、一歩下がって、軽く受け流す術も覚え始めたこと、で
ずいぶんと気持ちが楽になってきたようなのです。少しずつですが、
友達の名前も出始めました。放課後、遊びに誘ったり誘われることも
増えてきました。

時間は少しかかったけど、息子は自分の力で、第一関門を乗り越え
つつあるようです。中国へ行く時も、日本へ帰って来た時も、特に
大きな問題もなく、すんなり環境に馴染めてしまった娘を見ていると、
このくらい肩の力を抜いて、楽に生きられたら、息子の苦労も減る
だろうに、と不憫に思えますが、不器用でも、悩み、苦しみそこから
得た経験は、きっと息子の糧になるもの、と信じたいです。

大人の都合で振り回してきてしまった息子には、これから、少し
落ち着いて自分の世界を広げていってほしいな、と思っています。
Posted by ごんはは
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